PROJECT STORY05

新しいメカニズムで目指す、
世界No.1製品の次世代鉛フリー。

PROJECT MEMBER

(所属部署・役職、インタビュー内容は当時のものです)

SECTION01

切削性、導電率、コストパフォーマンスを
高めた新しい鉛フリーを。

銅は、その優れた導電率などから自動車やエレクトロニクスをはじめ、各種産業機器の重要な基礎素材になる。三菱マテリアルの銅加工事業は、高性能・高品質な銅製品を生産しており、銅や黄銅などの銅合金を棒や条または板形状に加工した伸銅品のシェアは国内トップに位置する。この事業を支えている製造拠点の一つが、三宝製作所だ。一般的な黄銅棒は快削黄銅と呼ばれ、切削加工性を高めるために鉛を添加しているが、欧米を中心に環境負荷を低減するために鉛規制が拡大し続けている。この流れを受け、三宝製作所では鉛を使わない黄銅開発に着手してきた。例えば2000年に発売した「ECO BRASS」は現在、鉛フリー快削黄銅としてこれまで全世界で30万トン以上の販売実績を誇っているが、三菱マテリアルは他にも、「SnECO」、「ECO-CR」と次々に鉛フリー快削黄銅を開発してきた。「さらに、これらの取り組みと並行して、ECO BRASSとは異なるメカニズムで鉛フリー黄銅の特性を実現させる新たな鉛フリー快削黄銅の開発が、水面下で動き出していました」と語るのは、三宝製作所で鉛フリー快削黄銅開発のプロジェクト・リーダーを任されてきたS.Kである。「世界的に普及する材料がダイナミックに変わる局面に遭遇できる技術者は限られています。そのチャンスに立ち会うことができることは、仕事への大きなモチベーションになります」と、この開発に携わる喜びを口にした。

G.Hも、この新規開発が走り出した時から参加している技術者の1人だ。そもそもG.Hは、新しい特性を持つ合金開発に携われることに魅力を感じて三菱マテリアルに入社。ECO-CRの開発で、その面白さは経験済みだった。「新製品への要望は、切削性に加え、車載部品や電気部品としての用途を広げるために導電率も高めた上で、より一層のコストパフォーマンスを実現してほしいというものでした。アサインされた当初は、正直、これほど大きなプロジェクトになるとは全く思っていませんでした」と当時を振り返る。

SECTION02

前例がない未知の開発。迫りくる時間との戦い。
偶然から見えた突破口。

こうして、2018年12月に新たな鉛フリー製品の開発を目指すプロジェクトは正式にスタートした。何よりハードだったのは、「時間との戦い」だったとG.Hは語る。なぜなら、新製品は2年以内に完成させ、プレスリリースをすることが至上命令だったからだ。
開発の第一歩は、これまでの開発実績や関連する文献、開発部として蓄積してきた様々な知識を参考に、候補となる元素と成分配合を絞り込んでいくことである。絞り込んだとしても問題は、この先だ。配合が1%違うだけで、製品の特性は全く変わってしまう。目指している製品は全くの新合金で前例がないため、配合をコンマ数%単位で変化させて合金を作製し、ラボで検証して特性を確認していくしか手段はない。「うまくいった!と思った次の瞬間、落とし穴に気付くことも一度や二度ではありませんでした」と、S.K。進化するシミュレーション技術も、この世界ではまだまだ実用レベルに至っていない。数百パターンのラボによる検証を繰り返し、候補となる組成をかなり狭い範囲まで絞り込むと、実際に使用する量産機での検証に移行する。量産機で候補の新合金を作製して検証すると、ラボとは全く異なる特性が現れてくることも少なくない。検証結果に基づき、ラボよりさらに狭い組成範囲で配合を変化させて目標とする特性を目指していく。

こうした取り組みを続ける中で、S.KとG.Hは、ある元素が切削特性に大きく寄与することを発見した。通常はその元素に切削効果を期待することはなく、今回も別の目的で採用したのだが、新たな成分配合が思いがけず切削特性の向上に貢献することがわかった。これをきっかけに開発が加速。「新合金で期待する切削性能が量産機でも実現できる条件を見つけた時は、初めて道が拓けたことが実感できました」と、S.Kは当時の興奮を口にした。
プロジェクトがゴールに向けて大きな一歩を踏み出した時、新入社員研修を終えたばかりのT.Tが新メンバーに加わった。プロジェクトにアサインされるまで、“鉛フリー”という言葉も知らなかったT.Tだが、「世の中にない新しい材料をつくりたい」ということが入社動機であったことから、「最高のモチベーションで参加することができました」と語る。T.Tが担当したのは、切削加工のしやすさを示す被削性の規格化。開発を進める新たな鉛フリー製品にとって、重要な特性の一つである。取り組みを進めていく上でT.Tを悩ませたのは、明確な評価基準の言語化である。試験で期待する数値を叩き出したとしても、加工担当者の評価が高いとは限らない。加工現場で実際に削った時の感触や削った表面の見た目の印象、発生する切削クズの状態や処理のしやすさなど、さまざまな要素を加味したトータルな視点から製品が評価されていたからである。
「そこで金属加工業者の方々にご協力いただき、評価ポイントを言語化した上で、実際の切削加工に近い条件や環境で試験を行い、評価していきました」(T.T)
T.Tの取り組みについてS.Kは、「これまでにない視点から多くの提案をしてくれました」と評価する。二人はアイデアを出し合って新しい解析方法を確立、的確な評価基準に基づく規格化を実現した。

SECTION03

すでに見据えている新たなスタートライン。

プロジェクトの正式スタートからわずか1年と9ヵ月後の2020年9月、ついに新たな鉛フリー製品は、次世代鉛フリー快削黄銅「GloBrass」として世の中にデビューした。従来品よりも約2倍の導電率を達成したことで、電気・電子部品など鉛フリー黄銅の用途を大きく拡大。従来のECOBRASSと同等の切削性と高強度を維持した上で、コストパフォーマンスは大きく高まった。T.Tは、「頑張って取り組んだものが製品化されて世の中に発表された瞬間は、感慨深かったですね」と語る。一方、G.Hは、「ようやく一段落ついた段階です」と語る。新製品を開発してもそこがゴールではなく、発表後、必ずお客様から新しい要望が届き、その声に応えて、また新たな開発がスタートするからだ。「挑戦はこれからもまだまだ続く、ということです」と笑顔を見せた。プロジェクト・リーダーとして今回の開発を引っ張ってきたS.Kが、製品開発のプレスリリースを見た時は、「ほっと胸をなでおろした」という。嬉しさがこみあげてきたのは、プレスリリース直後からお客様の問い合わせが次々に寄せられた時だった。営業からも「お客様の採用が決まりました!」という連絡が入り、電気・電子部品をはじめ、ライフライン用部品での採用が決定。「実際に採用されたお客様から、“切削性も機械特性も良くて、いいね”という評価を聞いた時は、メンバー全員でハイタッチ状態でした」と、S.Kは顔をほころばせた。全世界に出願した特許も、着実に登録が進んでいる。

こうした状況を喜びながらも、S.Kはその先を見据えている。「頭の中では、次の構想が出来上がりつつあります。この感覚は、GloBrassを発想した時に似ています。数年後にはまた、新たなプレスリリースを目にしたいですね」と語るS.Kの目には、自ら引いた新しいスタートラインが見えている。

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