5分でわかる三菱マテリアル

“マテリアル”は、素材、材料とイメージされることが多いと思いますが、私たち三菱マテリアルは社会のニーズに応えて銅やセメントなどの基礎素材をはじめ、自動車や家電などに使われる機械部品や電子材料・部品、それらを作るために必要な道具(工具)も製造・販売し、さらにリサイクルも行う「総合素材メーカー」です。
そんな三菱マテリアルの幅広い事業展開のあゆみを「三菱マテリアルのDNA」篇でご紹介します。また、三菱マテリアルグループの製品・技術が世の中でどのように活躍しているのか、知られざる日本一、世界一を「三菱マテリアルのここがスゴイ!!」篇でご紹介します。

三菱マテリアルのDNA 〜各事業のルーツ〜

1871年(明治4年)

岩崎彌太郎 創業者 岩崎彌太郎
(写真提供:三菱資料館)

三菱マテリアルのそもそもの発端は、三菱の創始者・岩崎彌太郎が明治維新後の1871年に九十九(つくも)商会において炭鉱・金属鉱山事業を手掛けたことにあります。資源事業、マイニングがルーツとなっています。

明治初期の高島炭坑(北渓井坑) 明治初期の高島炭坑 (北渓井坑)
吉岡鉱山 1902年 吉岡鉱山 1902年

1893年(明治26年)

三菱合資会社設立

尾去沢鉱山 1890年頃 尾去沢鉱山 1890年頃
大正時代の佐渡鉱山 大正時代の佐渡鉱山
三菱4代社長 岩崎小彌太 三菱4代社長 岩崎小彌太
(写真提供:三菱資料館)

1917年(大正6年)

直島製錬所 設置当時の直島製錬所

明治から大正・昭和にかけて、日本の近代化のために必要とされる銅をはじめとする金属の需要に応えるために全国各地で金属鉱山を稼行するとともに、1917年に各地銅鉱山の低品位鉱の利用、排ガス対策の観点から当時最新の反射炉を有する製錬所を香川県直島に設置。銅鉱山の山元で行う小規模製錬から進化した日本屈指の大規模臨海製錬所となり、今日も操業が行われています。

三菱マテリアルの金属事業は銅以外にも金、銀、白金、鉛、パラジウムなどの非鉄金属とその合金、また電線、銅管、伸銅品など加工品の製造も行っています。さらに近年では製錬プロセスを活かした金銀さい(E-Scrap)などのリサイクルにも積極的に取り組んでいます。

金属事業

1918年(大正7年)

1918年三菱合資会社は炭坑部、鉱山部、鉱業研究所を分離し、三菱鉱業(株)を設立しました。
同時期に三菱銀行(株)、三菱商事(株)、三菱造船(株)(現三菱重工業(株))などの会社も分離独立しました。

大正時代の生野鉱山 大正時代の生野鉱山
鉱業研究所 1920年頃 鉱業研究所 1920年頃

1931年(昭和6年)

東京金属工業所 東京金属工業所 1950年頃

三菱合資会社から分離独立した三菱鉱業社は炭鉱事業と金属鉱山事業を両輪として、日本の近代化に大きく貢献してきました。また、日本初の民間研究機関として1917年に設立された鉱業研究所では、石炭や金属について幅広い研究を重ねるとともに時代の新しいニーズに応える新製品・新事業を積極的に探究してきました。その成果の一端として1931年には日本で草分けとなる超硬工具「トリディア」の製造・販売を開始、1942年には東京金属工業所を設置し本格的に超硬工具事業に乗り出しました。

加工事業では切削工具のみならず、資源開発やトンネル工事などに使われる建設工具、エレクトロ二クス分野で使われる耐摩工具なども製造・販売しています。
また、切削工具の素材となる超硬合金の主原料でレアメタルのタングステンのリサイクルにも国内で唯一取り組んでいます。

加工事業

1944年(昭和19年)

1944年に新潟金属工業所(現(株)ダイヤメット)を設置して粉末冶金事業に進出しました。
また、翌年非鉄金属工業所(後の桶川製作所、日立金属MMCスーパーアロイ(株)*)を設置して特殊銅合金アームスブロンズの生産を開始しました。
*2017年に持分譲渡

新潟金属工業所 1950年頃 新潟金属工業所 1950年頃
非鉄金属工業所 1950年頃 非鉄金属工業所 1950年頃

1950年(昭和25年)

黒崎工場 黒崎工場 1955年
(現 九州工場黒崎製造課)

1945年(昭和20年)終戦を迎え、1950年に三菱鉱業社はGHQの占領政策(過度経済力集中排除法)により炭鉱事業を継承する三菱鉱業(株)と、金属鉱山事業・鉱業研究所を継承する太平鉱業(株)に分割。両社においては、それぞれ長年にわたって蓄積してきた技術と信用を土台にして日本の戦後復興に貢献するため経営多角化と事業再編に努めました。その一環として三菱鉱業社は国土復興の基礎資材となるセメントを製造・販売するため1955年に黒崎工場、1963年に東谷工場を設置し事業の拡大を図りました。

セメント事業では、主原料石灰石の採掘を行う鉱山をはじめとし、セメント工場、輸送・販売、その先の生コンクリート工場、建設会社などによる垂直統合体制を構築してインフラ整備に貢献しています。

セメント事業

1959年(昭和34年)

多結晶シリコン 多結晶シリコン

太平鉱業社(1952年に三菱金属鉱業(株)に社名変更)でも事業環境の急激な変化に伴い事業の多角化・再編を推進。その一環として1948年にアメリカのベル研究所でのトランジスタ発明に触発された鉱業研究所では、これまで培ってきた製錬・精製技術を活用し1950年に高純度ゲルマニウムの回収成功をはじめ、1956年に原子燃料の研究開発に着手、1959年に我が国の草分けとして半導体用高純度シリコンの製造に着手、さらに1960年には航空機用チタン合金の製造研究も開始と、新規事業開発が相次いでいます。

シリコン事業は現在、半導体用シリコンウェーハの原料となる高純度多結晶シリコンおよびシランガスなどの製品を製造し、国内外に販売しています。

シリコン(電子材料)事業

1962年(昭和37年)

富士製作所 三菱アルミニウム(株) 富士製作所 1962年頃

アルミニウムは、戦前に海外で製錬事業を行っていましたが戦後は一時撤退。1962年、米国レイノルズ社との技術提携により三菱レイノルズアルミニウム(株)(現 三菱アルミニウム(株))を設立しアルミ圧延事業に進出しました。1972年には現ユニバーサル製缶(株)が飲料用アルミ缶の製造・販売を開始しています。また、アルミのリサイクルが大幅なエネルギー節約になることに着目し、30年以上前から使用済みアルミ缶の回収とリサイクルに取り組んでいます。

アルミ事業は、その特性を活かし飲料用アルミ缶をはじめ、アルミ箔等の日用品、自動車部材、印刷版やエアシリンダーなど幅広い分野で展開しています。また、マテリアルグループを挙げてリサイクル一貫体制を構築することにより、循環型社会に貢献しています。

アルミ事業
高純度シリコン(株)(現四日市工場)1990年頃 高純度シリコン(株)
(現四日市工場)1990年頃

1983年(昭和58年)

セラミックス工場 セラミックス工場 1983年

1970年代に入りエレクトロニクス産業の成長が加速する中、セメント鉱物に含まれる電気的特性を利用したセラミックス電子デバイス製品の開発に取り組み、1976年リングバリスタの製造・販売を開始しています。セメント工場の片隅でスタートしましたが、1983年にセラミックス新工場を設置し、電子デバイス業界に本格参入を果たしています。

電子材料事業は、電子デバイス製品のほかに三菱金属(株)(1973年に三菱金属鉱業(株)から社名変更)大阪製錬所において開発・製造を行い1990年に新設の三田工場に移管されたターゲット材、はんだ材などの機能性材料、さらに三菱マテリアル電子化成(株)で手掛けるフッ酸製品などのファインケミカル品など、優れた機能を発揮するオンリーワンの製品が数多くあります。

電子材料事業

1990年(平成2年)

三菱マテリアル発足記念式典で第九交響曲「歓喜の歌」を合唱 三菱マテリアル発足記念式典で
第九交響曲「歓喜の歌」を合唱

1990年、三菱鉱業セメント(株)(1973年に3社合併により三菱鉱業社から社名変更)と三菱金属(株)が合併し、現在の三菱マテリアルとなりました。1950年にGHQの占領政策により企業分割されて以来、激動の40年を経ての合体となりました。

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三菱マテリアルのここがスゴイ!!

ロータリーキルン5基
セメント年産能力720万トン

九州工場 九州工場

三菱マテリアルの主力セメント工場・九州工場は、東谷石灰石鉱山とベルトコンベアで直結し、セメントも工場桟橋から出荷できるという地の利を活かし、1982年にロータリーキルン5基体制に。現在の生産能力は年産720万トンと日本一。国内のみならず世界各国のインフラ整備のための輸出も行っています。

低公害・高効率が世界に認められた
「三菱連続製銅法」

三菱連続製銅法 「三菱連続製銅法」

三菱連続製銅法は、従来の溶鉱炉、転炉によるバッチ式の製錬プロセスとは異なり溶錬炉、分離炉、製銅炉および精製炉を樋(とい)で連結することで連続的に製銅を行う独自のプロセス。SO2ガスの漏洩を大幅に削減し、高効率操業を実現した画期的プロセスとして評価が高く、インドネシア、韓国、インドなど世界各地に技術輸出され、インフラ整備で増大する銅の需要に応えることに貢献しています。

商品種30,000点
圧倒的な品揃え

三菱マテリアルの超硬製品

三菱マテリアルの超硬製品(切削工具等)は、カタログ掲載品だけでも30,000点。グローバルマーケットでのお客様からの特殊な機械加工や建設工具・耐摩工具などにも積極的に対応しており、「三菱マテリアルに無ければ、ほかのどこにも無い」と言われるほどにワイドバリエーションを誇っています。

低アルファ線はんだ「MULαS」
シリーズ世界シェアNo.1

MULαS MULαS

スマホやタブレットなどの携帯機器は、日進月歩で高機能化が進んでいます。その進化を支えているのは小型で高速なICチップ。最近は超小型化し、基板との接続には従来のボンディングワイヤーとは異なり、「はんだ」が用いられています。三菱マテリアルが開発した低アルファ線はんだ「MULαS」は、現在世界シェアNo.1となっています。

アルミ缶リサイクル量No.1を目指して

回収されたアルミ飲料缶 回収された使用済みアルミ缶

三菱マテリアルグループは、30年以上前から使用済みアルミ缶を回収し、溶解、鋳造、圧延して再びアルミ缶を作る「CAN TO CAN」リサイクルに取り組んでいます。日本で唯一、使用済みアルミ缶の一貫リサイクルをグループ内で行っており、資源循環社会の構築とアルミ資源の節約に貢献しています。また、使用済みアルミ缶から製造されるアルミ再生地金は、新地金製造の約3%のエネルギーで製造できるため、エネルギーを大幅に削減することができ、地球温暖化防止にも貢献しています。

地熱開発No.1を目指す

新規地熱プロジェクト 新規地熱プロジェクト

政府は昨年、2030年の電源構成について、地熱発電を現状の3倍の規模とする目標を公表しました。また、大幅な規制緩和と、電力買い取り制度も実施しました。
三菱マテリアルグループは創業当初から蓄積した地下資源探査技術を活かし、現在でも国内有数の規模を誇りますが、2030年には開発電力量でNo.1となることを目指します。

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