人口密度世界一を
誇ったあの島は、ゆかりの地
人口密度世界一を
誇ったあの島は、
ゆかりの地

#01
歴史

端島炭坑(はしまたんこう)は、当時、近隣にあった高島炭鉱の出炭量減少を補う有力炭坑として1890年、岩崎彌之助が鍋島(なべしま)孫六郎から譲り受け、1974年の閉山まで85年間操業した、別名「軍艦島」です。
幅160m、長さ480m。東京ドームのおよそ5個分という小さな島ながら、最盛期には5,267人もの人々が住み、人口密度は東京の9倍以上で、世界一でした。島内には、病院や学校・神社・派出所や映画館・理髪店などが立ち並び、島の施設だけで何不自由のない完全な都市として機能していました。なんと、パチンコホールなどの娯楽施設もあったとか。“離島の炭坑”という言葉からは想像もつかないほど、先進的な都市生活の整備された島だったのです。また、建物と建物の間が狭くとても密集しており、それもあいまってか島全体が家族のように仲良く暮らしていたようです。

しかし、そんな繁栄を極めた“都会”的な島も、主要エネルギーであった石炭が石油へと移行するにつれ、衰退の路を歩んでいきます。閉山回避のため様々な努力がなされましたが、1974年の4月、全ての住民が島から離れ、端島はあえなく無人島となったのです。
近年では見学ツアーも組まれており、2015年7月には世界文化遺産にも登録された、根強い人気を誇る島です。

関連リンク:長崎市公式観光サイト「あっ!とながさき」
写真提供:(一社)長崎県観光連盟