OUTLINE会社概要

キーワードで知る三菱マテリアル

事業領域 事業領域

会社概要

社名 三菱マテリアル株式会社
本社 東京都千代田区大手町1-3-2
創業 1871年(明治4年)
設立 1950年(昭和25年)
資本金 1,194億5,700万円 (2018年3月末現在)
売上高 連結 1兆5,995億3,300万円 (2018年3月期)
従業員数 連結 26,959人
単体 4,664人 (2018年3月末現在)

事業所

三菱マテリアルグループは、東南アジア、中国、欧州、米国、オーストラリアなどのお客様に向けたグローバルネットワークを広げています。その製品もセメント、銅、超硬製品、焼結部品、電子材料、電子デバイス、多結晶シリコンなど多岐にわたっています。わたしたちは、世界各地においてより良き企業、より良きパートナー、より良き市民となることをめざしています。地球市民としてさまざまな文化を理解し、その差異を超え、三菱マテリアルグループの持つ先進的製品や技術、システムを通じて、世界中の人々との感動の共有を求め事業を行っています。

歩み続けた146年(沿革)

創業者・
岩崎彌太郎

1868~

今日の三菱グループの歴史は、明治維新に始まる近代日本と歩みを同じくしています。この近代日本誕生の時代に登場したのが、三菱の基礎を築いた創業者・岩崎彌太郎です。1870年、九十九商会として海運事業を開業した岩崎は、炭坑・鉱山経営にも積極的に進出し、それは三菱が推進する事業の中核のひとつとして発展を遂げました。

  • 業界・世の中のトピックス
  • 三菱マテリアルのトピックス

明治維新、神仏分離令、7月江戸は東京と改称、鎮将府が置かれ、江戸府は東京府となった。

九十九商会(三菱商会の前身)が紀州新宮藩の炭鉱を租借し、鉱業部門に進出。
創業者「岩崎彌太郎」

第3回衆議院議員総選挙、第4回衆議院議員総選挙、甲午農民戦争→日英通商航海条約[東学党の乱]→日清戦争 (- 1895年〔明治28年〕)。

宮内省より大阪製煉所の払い下げを受け、金属製錬事業に進出。

1906年当時の大阪製錬所

日露戦争(- 1905年〔明治38年〕)、第9回衆議院議員総選挙。

鉱業研究所(現中央研究所)設置。 直島製錬所設置。

黎明期の直島製錬所 全景(1929年撮影)

技術力のルーツ、
三菱鉱業

1920~

大正時代に入って、三菱合資会社は次々に事業を分社化しました。三菱鉱業は、鉱業関係の資産を継承して設立されました。その後の三菱鉱業の積極的な事業展開は、現在の三菱マテリアルの技術力を支える源泉ともなっています。戦後、集中排除法により、石炭部門と金属部門が分離しました。

  • 業界・世の中のトピックス
  • 三菱マテリアルのトピックス

関東大震災。1920年以後の戦後恐慌と重なり銀行の信用構造は大きく揺らぎ、1927年に昭和金融恐慌が発生した。

第二次世界大戦。1939年から1945年までの6年間、ドイツ、日本、イタリアの日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、イギリス、ソビエト連邦、アメリカ、中華民国などの連合国陣営との間で戦われた全世界的規模の巨大戦争。

東京金属工業所(現筑波製作所に事業継承)を設置し、切削工具事業に本格進出。

1950年代の東京金属工業所全景

経済安定9原則が勧告、翌年3月にはドッジ・ラインが実施され、緊縮財政、公務員や公企業の人員整理、1ドル360円の固定相場の設定、預金封鎖、新円切り替えなどが行われた。

セメント、電子部品など
事業が多角化

1950~

1950年代後半から1960年代、日本は高度成長時代に入ります。石炭から石油、原子力へとエネルギー革新の進展に対応して、鉱業、金属の両部門はそれぞれ独立した経営のもと、事業構造を変革、国民生活の向上に貢献していきました。

  • 業界・世の中のトピックス
  • 三菱マテリアルのトピックス

三菱セメント(株)設立。セメント事業に進出。

三菱セメント(株)黒崎工場
(現九州工場黒崎プラント)昭和31年

GATT加盟、日本原子力協定、自民党結成。家電ブーム、三種の神器(白黒テレビ、選択機、冷蔵庫)。

日本電子金属(株)を設立。半導体用高純度シリコン事業に進出。

多結晶シリコン

皇太子明仁親王・美智子さまご成婚。

日米安保条約改正、カラーテレビ放送開始、国民所得倍増計画。

日本がIMF8条国に、OECD加盟、新潟地震、東海道新幹線開通、東京オリンピック。

イラン・イラク戦争。
半導体ブーム。

昭和天皇崩御、元号が平成に。

グローバル化、
リサイクルなどに挑戦 

1990~

1990年代に入って、冷戦の終結、情報化社会の高度化、世界経済の激動、国際化の更なる進展など、世界の政治・経済、社会は大きく変化していきました。そうした中、三菱金属と三菱鉱業セメントが合併し、「三菱マテリアル株式会社」が誕生しました。これは、戦前の三菱鉱業が復活したのではなく、戦後両社が大きく変革を遂げたのちに、対等な関係において、新しい姿となって誕生したものです。
日本の近代化とともに発展の足跡を残した当社は、21世紀のより豊かな地球社会の実現に貢献してまいりたいと考えています。

  • 業界・世の中のトピックス
  • 三菱マテリアルのトピックス

三菱金属と三菱鉱業セメントが合併し、「三菱マテリアル(株)」として発足(12月1日)。

1990年4月の合併発表記者会見の様子
左:三菱金属永野健社長(当時)
右:三菱鉱業セメント藤村正哉社長(当時)

湾岸戦争、雲仙・普賢岳噴火、ソ連崩壊、南ア・アパルトヘイト撤廃、大相撲「若貴ブーム」。

インドネシア・カパー・スメルティング社設立。インドネシアにおける銅製錬事業に進出。

インドネシア・カパー・スメルティング社
グレシック製錬所

消費税5%に引き上げ。

家電製品リサイクル事業に進出。

東日本大震災。

直島製錬所および中央研究所の創業100周年。